意地悪じゃなきゃ良い人じゃない

またまた意地悪シリーズ第二弾。
私、けっこうしつこい人間です。
ほほほ。

良い人というのは
裏返していうと、悪いな、嫌だなと思うことを避けなければ
良い人として成立しません。
  
つまり
悪いな、嫌だな、ということを知っていなければ
良い人にはなれないのです。
  
悪いな、嫌だな
ということは沢山ありますが、
やってみたり、経験してみたりしなければわからないこともあります。
 
法令にかかわることは
自分だけでなく、家族や友人や職場の人に迷惑がかかるので
避けなければなりませんが、
私は一通りの意地悪や醜悪はするのもされるのも
経験しておくべきだと思います。
  
意地悪だったら、考えて立ち向かえば良いし、
醜悪だったら距離を置けば良いし、
その違いについて考えるべきだし、
自分も傷ついたり傷つけたりしないとわからないこともあるのです。
  
意地悪は良くない
いじめは良くない
というのは私は信じません。
  
経験しなくてわかるそんな優れた人間はいないと思うのです。
肝心なのは
意地悪や醜悪を経験して、
それでもなお、美しさや賢さを目指すことの重要性というのを
徹底して教育すべきなのです。
  
理由は単純です。
どんな世界でも
最終的には美しくて賢いものが得をするのです。
  
私の中では美しくて賢い人が良き人だと思っていますし、
私もそれを目指しています。
  
なぜ、こんなことを書いているかというと
最近、私がちょっとした意地悪を経験したからです。
でも、その意地悪には愛情を感じましたし、
気付きもたくさんあったので、その瞬間はカチンと来ましたが、
今となってはとても感謝しています。
  
なかなかアラフォーになると意地悪をしてくれる人というのも
少なくなってきますからね。
意地悪はいいものだと思ったので書き留めました。
ほほほ。